ロックの到達した一つの頂点が、イエスの「危機(Close to the Edge)」です。
1972年。時まさに、英国プログレッシブ・ロックが満開の花を咲かせていたころ。
ピンク・フロイド、エマーソン、レイク&パーマー、キング・クリムゾン、ジェネシスなど、大物グループのかずかずが、商業的な成功を二の次に(?)、音楽性・芸術性を掘り下げ、「我こそは」と競い合っていました。
クラッシックやジャズとの融合。ロックが「本当のアート」に近づけると、真剣に思えた時代でした。
イエスは、その中でも比較的若々しいイメージで、軽快なビートに多重的なコーラスを乗せるのが基本コンセプト。複雑な曲調の中にも、つねに躍動感をみなぎらせているのが特徴でした。
そんなイエスが、前作「こわれもの(Fragile)」での成功をジャンプ台に、満を持して放ったのがこのアルバム「危機」。
アナログのA面を一曲で占めるタイトル曲「危機」は、まさにクラッシックの交響曲にも匹敵する「芸術作品」です。
疾走するイントロ。力強く提示される主題。変奏部。幽玄の中間部。そして、頂点を極めるクライマックス。その構築美は、まさに「ロック・シンフォニー」。
それでは、あらためて、聞いてみましょうか:
[補論:「危機」の高度な和声]
「危機」で特筆すべきは、その異様に高い音楽的レベルです。特に、イントロのフリー・インプロビゼーションの部分は、当時のロックではほとんど使われたことのないジャズ系のスケール(例えば「Locrian Alterd」)がビシバシ飛び出します。鋭角的なギターにオルガンの不協和音がかぶさり、強烈なリズム隊があおりまくる。その結果、これほどの緊張感を生みだし、まさに「危機」!
ただ、とっても不思議なのは、イエスはその後、ここまで高い音楽性を持つ楽曲を生み出せていないと思うんです。特に、コード進行のユニークさという点では、「危機」だけが突出しています。なぜなんでしょう?作曲はスティーヴ・ハウ。作詞がジョン・アンダーソンだとして、その後、スティーヴはなぜ、同レベルの曲を生み出せなかったのか?実はリック・ウェイクマンの(特に和声における)貢献が大きく、彼の離脱とともに、その要素は失われた、と筆者はにらんでいるのですが、どうでしょうか?(ただ、リックのその後の活動でも、このレベルのものはありません)。謎です・・・・。
さて、続く『同志(And You And I)』も雄大そのもの。リック・ウェイクマンのメロトロンとスティーヴ・ハウのペダル・スチール・ギターを軸にした「宇宙シンフォニー」が奏でられます。
そして、最後をかざるのは『シベリアン・カートゥル(Siberian Khatru)』。変拍子なのに、このものすごい「グルーブ」は一体なんだ?。
ぜひ、お聞きください:
「危機」は、全英4位、全米3位、プラチナ・アルバム(売り上げ100万枚突破)と商業的にも大成功を収めます。
このアルバムを作り上げたのは、イエス黄金期ラインナップ:
- ジョン・アンダーソンは少年のように澄み切った声で、幽玄の世界を歌い上げる。
- スティーヴ・ハウは、ジャズを基礎においた高いギター・テクニックで空間を埋めつくす。
- クリス・スクワイアは、愛用のリッケンバッカー・ベースで、切り裂くような重低音を繰り出す。
- リック・ウエイクマンは、正統派クラシックの素養をベースに、多様なキーボードを華麗にあやつる。
- ビル・ブラッフォードは、シャープでタイトなドラミングとともに、バンド全体を引っ張っぱる
この5人の若者の「ほとばしるような才能」と、「血のにじむような努力」が、奇跡的な傑作「危機」を生み出しました。
さらに、この5人をまとめ上げ、導いていったプロデューサー、エディ・オフォードも忘れてはなりません。彼は、イエスのほか、エマーソン、レイク&パーマーなども手がけ、当時のプログレ界を引っぱった敏腕プロデューサーでした。
特に、この「危機」では、とてつもなく複雑な楽曲構成をまとめるため、テープの切り貼りなど、膨大な編集作業が発生したのですが、それらを一手に進めたのがエディ・オフォード。その功績は非常に大きいです(写真右上がエディ)。
とにかく、もし『危機』がまだでしたら、ぜひ、一度聴いてみて下さい。
フォーマットは多数ありますが、久我のイチオシは、2003年のRhinoレーベルによるリイシューCDです。
これは、それまでのリマスターを一新する、画期的にクリアな音像で、ボーナス・トラックが4曲も入ったすぐれもの。その後のいかなるリマスター再発も、基本的にこのRhinoバージョンを焼き直している状態で、まさに定番(中には、このRhino盤に日本人が勝手に手を加えた、「日本人の日本人によるなんちゃってリマスター」も存在しますので、気をつけてください!)」
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[補論:スティーヴ・ウィルソンの「危機」リミックス]
2013年に出た、スティーヴ・ウィルソン監修による「オリジナル・マスター・テープからのリミックス」は、文字どおり「???????」でした。
リミックスと言うからには、もっと大胆にやって欲しい。まして、5.1サラウンドなら、もっと音をグリグリ動かすとか、サラウンドならではのダイナミックさを聞かせて欲しい。
せっかく、このような「世紀の大チャンス」をもらったのに、何をビビっているのか?21世紀のリスナーにも自信を持って聞いてもらえるように、現代的音像を持った「危機」に磨き直してほしかったのに。それが、非常に残念なんです。
スティーヴは、古いファンを意識しすぎるあまり、ほとんど手が付けられなかったんでしょう。だったら、こんなプロジェクトを引き受けるな!
以上、辛口の批評になりましたが、それでも、スティーヴ・ウィルソンによる「危機」リミックス盤を聞いてみようという方は、こちらからどうぞ。⇒Amazon
もし「危機」が気に入ったなら、前作「こわれもの」、そしてその前の「イエス・アルバム」と聴いて行くのが順当でしょう。これこそイエスの黄金期を象徴する傑作の数々。
さらにイエスと相性が良さそうだったら、「危機」以降の作品も聞いてみて下さい。 「海洋地形学の物語(なんというタイトル!)」や、「リレイヤー」、トレバー・ホーンのプロデュースした超ポップな「90125」まで、長い歴史を誇るイエスの音楽性は実に多様なんです。
メンバー・チェンジが多いのはロックバンドの常。イエスも、色々な編成をたどって、生き残ってきました。
中には、モノマネのような「なんちゃってイエス」もあったりしますが、最近ではこの「AWR: Anderson Rabin & Wakeman」が、イエス本来のDNAを引き継いでいるようで、好感がもてます。
そして、その核心はジョン・アンダーソン!
ジョン・アンダーソンの声がありさえすれば、それはきっと、イエスなんですね!
[補論:ビル・ブラッフォードとアラン・ホワイト]
プログレのドラマーはこうでなければならない、というのは、両者の違いを見れば分かります。
「危機」は基本的に三拍子の曲なんですが(ワルツなんです)、これを、ビル・ブラッフォードの場合、ふつう三拍目にスネアのビートを持ってくるところを、時々(無意識に?)、一拍目 (小節のあたま)や二泊目に持ってくることによって、一瞬変拍子のような複雑なビート感をたたき出すことに成功しており、楽曲全体に引き締まった緊張感、文字どおり「危機」をかもし出すことに成功しているのです。
これをアラン・ホワイトがやると、あくまで三拍子を「何の必然性もなく」乱暴に叩いてしまうので、緊張感というものが全く出ず、ただ音楽が前に進んでいくだけなんです。
たとえば「イエス・ソングス」などでの「危機」のライブを聴くと、悲しくなります。
これは、アラン・ホワイトの場合、普通のロック系セッション・ドラマー出身で、網目のあらい音楽しかやったことがないので、しかたないとも言えます。上手・下手ということでなく、向き不向きの問題です。この素養は、何年たっても変わりません。
「こわれもの」の「ラウンド・アバウト」も同様です。ビル・ブラッフォードは、はっきり言ってどう叩いているのか分からないんですけれど、とにかく、ものすごい躍動感を生み出しています。鍵は、スネア・ドラムのロールとキックのタイミングだと思うんですが・・・。
彼のシグネチャー・サウンドとも言える「スネア・サウンド」は、「スコーン、スコーン」とハイ・ピッチで突き抜け、何度聴いても快感!。これを、予測不能なランダムのタイミングで繰り出すんだからたまりません・・・。
一方、アラン・ホワイトの叩く「ラウンド・アバウト」は、ただの8ビート・ロックになってしまいます。力強いだけで、ぜんぜん違うんです。
この根本的違いを無視して、ビル・ブラッフォードの脱退時にアラン・ホワイトを連れて来たジョン・アンダーソンを久我は恨みます(但し、「錯乱の扉」「オーナー・オブ・ザ・ロンリーハート」の2曲だけは、アラン・ホワイトの健闘を認めてもイイですけど・・・)。
プログレッシブ・ロックのドラマーに必要なのは、まず、ジャズの素養、アフター・ビートのみでないスイング感覚、繊細なタイム感、音楽を流れる帯でなく、瞬間瞬間のスクエアで捉えられるような感じ、そして、時として一本釘をさせるロック魂。こういったものが交じり合わないと無理でしょう。
私の見るところ、そのような要素を満たすプログレ界のドラマーは、ビル・ブラッフォードのほかでは、フィル・コリンズぐらいでしょうか。マイケル・ジャイルスやイアン・ウォーレス、アンディ・マカロックあたりも、十分ではないけれど水準に達しているとは思います。
EL&Pのカール・パーマーは、走ったりもたったり安心できないのが玉にキズ。ピンク・フロイドのニック・メイソンは、味はあるけどあまりにもマッタリ(プログレ界のチャーリー・ワッツ?)。元ドリーム・シアターのマイク・ポートノイまで行っちゃうと、「心がない」というか、機械としか思えません。
ビル・ブラッフォードが、プログレ界の渡世人よろしく、そこら中から声が掛かったのも当然でしょう。彼のたたき出すビートこそが、プログレなんですから。
今は引退してしまったビル・ブラッフォード。今後は、彼が残してくれた素晴らしいレコーディングの数々を繰り返し楽しむしかないんですね・・・。
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